大判例

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名古屋高等裁判所金沢支部 平成10年(ラ)19号 決定 1998年7月03日

抗告人 川上清

事件本人 川上テル

主文

原審判を取り消し、本件を福井家庭裁判所に差し戻す。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨は主文同旨の裁判を求めるものであり、その理由は抗告人代理人作成の抗告申立書及び抗告理由書記載のとおりであるが、要するに、抗告人が戸籍法113条に基づいてした川上テル(以下「事件本人」という。)の死亡年月日に関する戸籍の記載の訂正許可の申立てに対し、これを不適法として却下した原審判には同条の解釈に誤りがあるというにある。

第2当裁判所の判断

1  一件記録によると、抗告人は、父川上秀三、母事件本人(川上テル)の長男として昭和14年6月19日に出生したこと、抗告人と事件本人は、昭和20年当時満州開拓団の一員として満州国で暮らしていたこと、1948年(昭和23年)11月2日に事件本人を母、楊克を父として楊妙蘭が出生したこと、事件本人は日本の戸籍(改製原戸籍)上は昭和20年8月20日午後2時満州三江省依蘭県○○で死亡した旨の記載がなされているが、中華人民共和国の死亡公証書には1950年(昭和25年)11月2日に黒龍江省方正県にて死亡した旨の記載がなされていること、抗告人は戦後日本に戻ったが、楊妙蘭は中国に残留していたこと、抗告人は楊妙蘭を自己の異父妹として日本に呼び寄せるために名古屋入国管理局に在留資格認定証明書の発付を申請したが、前記改製原戸籍上の事件本人の死亡年月日及び楊妙蘭の生年月日からして楊妙蘭が抗告人の妹とは認められないとの理由で前記証明書は発付されなかったこと、このため抗告人は事件本人の死亡年月日に関する戸籍上の記載の訂正を求めて、本件戸籍訂正の申立てに及んだことがそれぞれ認められる。

2  ところで戸籍法113条は戸籍の記載に錯誤若しくは遺漏があることを発見した場合等にはその訂正を申請することができる旨規定しているところ、同条に基づく戸籍訂正は、同法116条1項が確定判決によって戸籍の訂正をすべき場合を定めているのと異なり、家庭裁判所の許可のみで戸籍の訂正を申請することができるものである。そして、確定判決によって親族関係の実体を形成又は確認した上でなければ戸籍の訂正ができないような場合には、同法116条に基づく戸籍訂正によるが、それ以外の場合については、同法113条に基づく戸籍訂正が記載の錯誤等の同条所定の要件を満たす限り許されるものと解すべきである。

本件において、事件本人の死亡年月日の戸籍記載の訂正は確定判決によって親族関係の実体を形成又は確認した上でなければ戸籍の訂正ができないような場合に当たらないことが明らかである(死亡年月日に関する戸籍記載は単なる事実の報告の記載である上、本件において事件本人の死亡年月日に関する戸籍記載を訂正したとしても、そのことから直ちに事件本人と抗告人又は楊妙蘭、あるいは抗告人と楊妙蘭との身分関係を形成又は確認するものではなく、親族、相続法上の身分関係に直接影響を及ぼすおそれはない。)から、同法113条所定の要件を満たす限り、同条に基づく戸籍訂正が許されるというべきである。

3  よって、事件本人の死亡年月日に関する戸籍記載が戸籍法113条により訂正されるべき事項でないとして、抗告人の本件戸籍訂正申立てを不適法として却下した原審判は不相当であるから、これを取り消し、本件を福井家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 窪田季夫 裁判官 氣賀澤耕一 本多俊雄)

抗告申立書

福井家庭裁判所敦賀支部平成9年(家)第1039号戸籍訂正家事審判事件について、同家庭裁判所が平成10年3月20日になした「本件申立を却下する」との審判に対して次の通り即時抗告をする。

抗告の趣旨

原審判はこれを取消し、本件を福井家庭裁判所敦賀支部に差し戻すとの裁判を求める。

抗告の原因

1 抗告人の申立にかかる福井家庭裁判所敦賀支部平成9年(家)第1039号戸籍訂正家事審判申立事件について、同家庭裁判所は平成10年3月20日抗告人に対して本件申立を却下する審判をし、同年3月23日抗告人に通知があった。

2 右審判の理由は、本件申立にかかる「事件本人の死亡年月日」の訂正は、それにより、申立人が妹としている「楊妙蘭」と申立人との間に異父兄弟関係のみならず、事件本人との関係では母子関係という親族・相続法上の影響を生じさせるおそれがある事項と認められるから、戸籍法113条により訂正されるべき事項ではないことが明らかであるというにあるが、本件審判により、原審判の述べるような兄弟関係や母子関係に実体的な親族相続法上の影響を生じさせるおそれはなく、単に、戸籍上の死亡年月日の抹消を求めるものにすぎない。

戸籍の死亡年月日の記載の抹消が、実体的な親族相続法上の効力に影響を与えないことは言うに及ばないことであり、死亡後48年程経過した現在では、その記載の抹消により、親族相続法上、事実上の影響を利害関係人に与えることも無い。そもそも、右死亡年月日は、利害関係人間で争いも無いのである。

さらに、在留資格認定証明書の交付についても、親が日本人であることの疎明は、中国の公証書で十分なのであり(この疎明も、入国の要件に過ぎず、実体的な親子関係の確認の立証とは異なるものであることは当然である)、戸籍の訂正は形式上の不備を是正することのみを目的とするものである。

従って、右記載の抹消は、戸籍法113条によりなされるべき事項であることは明白である。この点については、判例・学説も同様なので、その点を補充する理由書を後日提出する予定である。

3 本審判は、背後にある事情に拘泥する余り、同法条の解釈を誤ったものと考えられる。本件の申立理由は、背景事情はどうあれ、単純に、実体的効力の無い戸籍上の誤った死亡年月日の記載の抹消を求めるものに過ぎず、出入国管理上の問題という背景事情がなければ、このような混同は生じなかったと思われる(現に出入国管理の審査官も、法務局も、家庭裁判所で死亡年月日の抹消をしてもらうようにアドバイスをしていたもので、当然、113条のケースであることを、念頭においていたものと思われる)。

4 実質的に考えても、原審判の述べるように、本件でも確定判決、即ち親子関係確認訴訟によらなければならないとしたら、右訴訟は、実体的な親子関係を定めてしまうものであるから、その立証は厳格なものとなるはずであり、外国にいる中国残留孤児にとっては、極めて困難なものとなってしまう。

事件本人である楊妙蘭にとっては、親子関係・兄弟関係を確認したり、戸籍上、親子である旨の記載に訂正することまで必要とするものではなく、入国のために戸籍上の形式的な不備を訂正するように入国管理の審査官に求められたことから母親の死亡年月日の抹消を兄に代わってもらって申し立てただけであるのに(そもそも、入国の際に、中国の公証書によって親子関係が明らかであるのに、戸籍の記載上の矛盾という形式的な不備の修正を要求する出入国管理局の判断にも問題があるとも思われるが)、原審判は、本件のような場合でも、確定判決というより厳格な裁判を経なければならないという余りにも過大な要件を課すものであり、到底納得できるものではない。

中国残留孤児の人達が、日本に入国する際に、戸籍上の誤った記載があった場合に、一々、親子関係確認の訴訟を行わなければならないということが常識に反するものであることは明らかである。

5 しかも、原審判は、申立から9ヵ月もの長期間を経て、申立人の再三の上申によりようやく審判がなされたもので、余りにも時宜を失したものである。

113条の適用により、審判のための調査期間としてならばいざ知らず、原審判の述べる如く、法解釈の問題にすぎないならば、審判をなすのに、このような長期間をかける必要はないはずである。

新民事訴訟法の趣旨からしても、行政による救済の不十分なところは、司法による迅速かつ適正な解決がなされるべきであるのに、前述のような裁判所の対応には疑問を感じざるをえない。

6 以上から、原審判の113条の不適用という理由で本件を却下したことに不服があるので、原審判に対する抗告に及んだ次第である。

なお、上述のように、申立から長期間経過している点も考慮し、一刻も早く差戻し若しくは自判の裁判をなすことを望むものである。

抗告理由書

一 総論

福井家庭裁判所敦賀支部平成9年(家)第1039号戸籍訂正家事審判事件について、同家庭裁判所が平成10年3月20日になした「本件申立を却下する」との審判に対して、平成10年4月3日、即時抗告をなしたが、その抗告理由について、以下の理由を補充する。

二 判例・学説の傾向と本件へのあてはめについて

1 戸籍訂正の許可に関する判例の傾向を見ると、嫡出否認や父の確定などのように確定裁判によらなければ身分関係の変動が生じない場合には、戸籍法116条による訂正申請をすることができるだけである点は異論がない。

また、戸籍面上等で錯誤等が明白であるか又は軽微な事項であるか、関係者間に異議がないときには、家庭裁判所の許可審判によって戸籍訂正ができるとすることも異論がない。

従来は、重要な身分関係に関する事項については、116条によるべきとする傾向があったが、近時の家庭裁判所の実務では、重要な身分関係につき関係者間に見解の一致しない場合でも、その真否を判断するのに、調査機能も充実してきており、また利害関係人の参加も認められる家庭裁判所の許可審判手続きが不適切であるとは言えず、むしろ多様な手続きを選択しうる途を用意しておくことのほうが、当事者や関係人の権利利益の保護に役立ち望ましいことから、113条による訂正を認める傾向にあるのである(全訂戸籍法457頁・注解家事審判規則558頁)。

2 虚偽の出生届に基づく親子関係など、親子関係の存否等をめぐって戸籍の訂正が問題となる事例が多いが、近時は、このようなケースでも原則的には113条によるべきであり、例外的に116条によるべきだとする判例(東京家審昭和31.2.20等)・学説が有力である。

この点、松山家審昭和35.9.13は、「本来戸籍の記載の根拠となった出生届は事実の報告であり、その報告に基づいて実父母の氏名とその続柄が戸籍に記載されるのである。……虚偽の出生届がなされ、その届け出に基づいて戸籍の記載がなされても、この届け出及び戸籍の記載はあらたな親子関係を形成するものではなく、出生によって生じた親子関係の実体はこれによっていささかも影響されることはない。……真実の親子関係の実体に符合しない場合には戸籍の記載にかかわりなく反証をあげて真実の親子関係の実体を主張することができる。そしてこの主張は必ずしも人事訴訟によってでなければできないものではなく、戸籍訂正許可の審判手続きにおいても出来るものと言わなければならない。この点法律の規定による嫡出の推定、認知届、縁組届などに基づく親子関係についての戸籍の記載とは、根本的に異なっている。これらの場合には、法律の規定または身分行為に基づいて生じた親子関係の実体を人事訴訟によって形成的に否定した上でなければ戸籍の訂正をすることができない。即ち戸籍法第116条の確定判決を必要とするのは、かかる場合だけであると解する。」としている。

3 以上の判例・学説の考え方を本件にあてはめると、そもそも、本件は、死亡年月日の訂正により、親族等に影響を与えるものではなく、特に関係者間で争いのない事例であるから、当然113条によるべきことになる。

また、上記の松山家審の理論からしても、死亡届は、単なる事実の報告に過ぎないことからも、死亡年月日の訂正は、113条によるべきことになる。

そもそも上記の判例を含め判例上問題となっているケースの多くは、戸籍の記載上、子である旨の戸籍の回復や、親や子と記載されているものの記載の抹消等を求めるものであり、本件と明らかに形態が異なる。

本件は、戸籍上の母親の死亡年月日の訂正若しくは抹消にすぎず、戸籍上、親子関係がある旨の記載に訂正することを求める戸籍の回復を求めるものではないのである。

前述のように、近時の判例・実務は、親子関係の戸籍上の記載を訂正する場合ですら、113条を原則としているのであるから、本件のような場合は、なおさら113条を適用すべき場合と言えよう。

4 死亡日時の訂正で、判例上問題となっているケースは、相続人の範囲を定める前提として、同時死亡でないことを主張したり、あるいは、外国で死亡したと届け出られ除籍された子が、実際は生存しており、戸籍を回復することを求めたケース(浦和家熊谷支審昭和50.6.2)などがあるが、いずれも、家裁の審判により許可されており、113条によっているのである。

本件は、右の前者のように、相続の問題は生ぜず(死亡から50年ほど経過している)、後者のように、戸籍の回復を求めるものではないのだから、当然113条の適用があるはずである。

三 結論

以上の様々なケースと比較すれば、113条の通用が排除されるものでないのは、あまりにも自明の事柄である。

よって、裁判所は、一刻も早く、原審判を取り消すべきと考える。

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